199515 ランダム
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ふらっと

ふらっと

ミッション・インターバル

海賊船グリフォンの右舷モビルスーツハンガーから、拿捕したモビルダイバー2機の収容が完了したという報告が、キャプテン・トドロキのもとに入ってきた。
 第1ヒート終了である。
 ザクをパイロットしてきたデビット・アルテナ、タクマ・アオノ両名は、そのまま待機状態のマラサイタイプに乗り換え、つむじ風のように離艦していく。
 地球降下を楽しむはずだった乗客をモビルダイバーから降ろし、エアロックの向こうに送り込むまでのわずかな時間が、彼ら2人のパイロットの休憩タイミングでもあった。
 モビルダイバーも、すぐさまユニコーンに向けて帰還していく。
あちらも5人しかいないパイロットの2人が大気圏に突入してしまったので、残る2人は第2ヒートにも駆り出されるのだ。
 第2ヒートを待つ乗客の相手は、ダイバーパイロットの中で一番のひょうきん者、ネルソン・ニケが担当している。戦時中の様々な現場で語り継がれた笑い話や怪談などをおもしろおかしく話させたら、ネルソンの右に出る者はない。そして彼は、新しい話題にも事欠かないボキャブラリィを持つパイロットであった。
 これではまるで詐欺まがいの行為に見えるが、ユニコーンから射出されたモビルダイバーが、すべて大気圏に再突入することはないのである。
 地球大気圏内に降下した機体を再び宇宙に輸送する手間暇と予算を考慮した場合、避けて通れないコスト割れという問題が生じるのだ。
 その日7人の乗客が出たからといって、全員を降下させていては、とても経常利益を上げることなどできない。そこで、乗客には海賊との遭遇というアトラクションを体験してもらい、50%未満の範囲において運の悪い客には海賊に捕まってもらうというシナリオが用意された。
 捕らえられた乗客は、海賊船グリフォンでの豪華ディナーに招待される。
 もちろん、モビル・ダイヴのエントリー費用の一部は、客が納得する相場で、D3にも利潤を生み出す余地を残してキャッシュバックされる。
 海賊キャプテン・トドロキはディナーでホストをつとめさせられる。そのための大げさな海賊衣装と変装なのだ。だからといって海賊らしく振る舞うわけではない。単なる受けねらいだ。
 そしてこれが、受けるというところが本人にとってはつらい。実に迷惑な話なのだが、上流階級の奥様方の間で、“キャプテン・トドロキファンクラブ”ができあがっているといううわさもある。
「まったく、なんて怠惰な人生になっちまったんだろう。ブリッジで指揮を執るったってこの格好、飯につきあって食い過ぎに対する健康管理が仕事なんて、なんだか情けないと思わないか?」
 キャプテン・トドロキは今になって、軍のパイロット食が懐かしくなっていた。
 なにしろツアーで用意されるディナーの内容は、五つ星クラスのホテルにも引けを取らない。酒類に手が加えられていて、アルコール分が五分の一に抑えられていることを除けば、料金については絶対に客には損をさせていない。
 総支配人のフレディは、「幸いにも」と前置きしながら、開業から今日まで、モビルダイヴを阻止された客からクレームが出たことのないことを自慢にしている。
「だからって、毎度毎度つきあわされていたら、眼が飽きるってもんさ。重力ブロックのどこかに赤提灯でも増やしてくれんかな」
 キャプテンは長いこと母国に帰っていない。故郷の遊興文化が宇宙世紀時代にも生き延びていられるかどうか、今まで確かめたいと思ったことはないが、時々どうしても熱燗と焼き鳥を所望したくなる。 
 第2ヒートはすぐに始まる。この模擬戦で乗客1人を捕らえ、回収して、ディナーに持ち込まれる手はずとなっている。
 考えてみると、これだけのミッションをこなす上で、一番かわいそうなのは大気圏突入を担当するパイロットだ。その日のうちにD3に帰還し、もしも翌日に予定が入っていたなら、明日の仕事に備えなければならない。なるほど、タフなZ乗りでなければ絶対に根を上げるところだ。
 キャプテンを始め、彼らZ乗りが、軍をドロップアウトしてまでこの仕事のスカウトを受けたのは、断じてギャランティの善し悪しではない。
 Zシリーズの軍部パイロット登用が狭き門となった事実は確かにある。D3もそこにつけ込んだことは事実だ。だがそれ以上に、モビルスーツに与えられた任務のあり方を変えていくことができると、ポジィテブな思考を持った者だけが、D3に迎えられた。
「そりゃあパイロットになったらZに乗りたいって思うのは、空間機動歩兵としてのモビルスーツとは違うあこがれから来てる感情ですよ。でも、MSってやっぱり戦争の道具でしょ。戦争になったらヘラヘラと飛んでるわけにはいかないし、自分に人が殺せるかどうかは・・・わかんないっす」
 タクマ・アオノの弁だ。彼はまだ実戦を経験しておらず、近代兵器としてのモビルスーツに別の可能性を見いだせる戸口にいた。
「まあ、モビルスーツが人の十数倍は作業効率を上げられるってのは、コストを考えりゃ大嘘だが、銃を持たせるよりはツルハシでも担いで宇宙開発に使った方がましさ。D3はそのあたりをわかってる。使い方はいささかふざけてるがね」
 デビット・アルテナはモビルスーツパイロットの訓練教官だった。手塩にかけて送り出したパイロット候補生がもうどれほど平和のための捨て石となったことか。彼もまた、モビルスーツに託した夢を現実にうち破られ、その雪辱を果たしたいと願う者であった。
 海賊船グリフォンには、男たちの夢が詰まっているということか。

 グリフォンでザクからマラサイタイプへのスイッチが行われている間、大気圏突入宙域の状況観測と、第2ヒートのモビルダイバーが先行して到着してしまった場合に備えて、プルのリゲルグ・シルエットは現場待機を担当する。
 要するに居残りなのだが、グリフォンへの往復時間をまるまる休息にあてられるし、軽い食事ものんびりと済ませられるため、実はプルには楽しみの時間帯でもあった。
 1人のとき、というより普段はまったく1人きりで宇宙に漂うこの時間、プルはモビルスーツのハッチを開いて、宇宙の闇と直に接触しようと身を乗り出してみることが多い。 俗に言う真空と絶対零度と有害な宇宙線が降り注ぐの死の世界でありながら、眼下に、あるいは頭上に浮かぶ地球の青々とした輝きを見ると、特に理由もなく胸がときめくのであった。
 地球も宇宙も汚れていると、誰かが言っていたのを思い出す。けれど、このダイナミックな光景を見る限りでは、病める星という印象はない。その感覚が人の傲慢だということも、プルにはわかる。
 人という生命を生み出した母なる惑星の美しさに魅入られ、聖域として庇護するために人類を粛正しようとしたシャアの気持ちも、このすばらしい景色を抱きつつ、宇宙に生活圏を確立しようと独立戦争を挑んだジオン公国の野望も、根っこは同じ感慨から湧き出てきたに違いないと、彼女は思う。
 特権階級を振りかざして地球に居住する人々には、心を突き動かす何かを持ったこの景色が理解できないのだろう。それは不幸なことだと感じる。
 モビルダイヴで味わうのがスリルだけでなら、その乗客は本当に無駄づかいで損をしていると、彼女は思う。
 自分には、何人かの分身が存在した。
 その、姉妹よりも自分自身に近い分身たちは、権力によって翻弄され、自我との邂逅によって運命の糸を断ち切ることはできたが、同時に命を落とすこととなった。
 記録として知った知識だ。その分身たちと同じ目的で生を受けた彼女自身も、時代の捨て石となる運命を背負わされていたが、ほんのちょっとした時の流れの差によって、異なる道を見いだすことができた。
 自分は何者で、何のために生きているのか。
 皮肉にも彼女には、生きながらえることの引き替えに、人としてもっとも基本的な存在理由が失われていたのである。D3、DAIコンツェルンからのスカウトがなかったら、彼女は間違いなくすさんだ生活に身を落としていただろう。
 ただひとつ、モビルスーツの操縦技術という適性だけが、彼女を救った。
 そして、今は地球と宇宙の広がりを眺めながら、自分には何ができるだろうかという心のときめきを感じられるようになった。
 だからプルは、この静寂の世界が大好きになった。
 リゲルグの右手の平でしばらく宇宙を眺めていた彼女に、自分のヘルメットに内蔵されたインフォメーションシグナルが、コクピット内の減圧が行われたことを知らせた。ハッチが開いて、ヤマト・コバヤシのノーマルスーツがゆっくりと頭部をみせる。
 プルは命綱をたどってハッチまで戻り、ヤマトのヘルメットに自分のヘルメットを軽く押し当てて口を開いた。
「酔いはおさまった? そんなに派手には動かさなかったんだけどなあ」
「はあ、なんとか。すみませんでした。モビルスーツがあんなにすごい運動性を発揮するとは思ってなかったんで」
 ヘルメットの材質の振動を利用した直接対話だ。ヤマトの緊張した息づかいまでもが伝わってくる。
 初めて上がった宇宙でいきなりモビルスーツに同乗し、予告もなしに模擬戦とはいえ戦闘速度を経験したのである。気を失っても笑う者はいないだろう。
 ヤマトはそれどころか、嘔吐も失禁もせずにこれを耐えた。ヒート中にグリフォン側のオープンチャンネルではさんざん悲鳴を聞かせてしまったが、とりあえず男の子の面目は保つことができた。
 さすがに三半規管が参ってしまい、軽食どころではなかったけれども、チェックボードへの記入もなんとか済ませた。
「サイコミュシステムってすごいですね。あんなに簡単に相手の動きを封じ込めちゃうなんて」
「2機同時に攻撃するにはもってこいのアイテムね。だけどあれは決め手に使っちゃいけないからね」
 リゲルグ・シルエットに搭載されたサイコミュシステムは、10年ほど前に実用化したサイコフレーム方式を用いたもので、コクピットフレームの材質に、パイロットの脳波を受信し電気信号に増幅変換する金属チップを焼き込んである。
 これにリンクした8個のユニットを、遠隔操作で目標を攻撃できる。ファンネル・フラワーと名付けられた小型ユニットはそれ自体が推進力を有する円錐形のポッドで、あらゆるレンジからターゲットに接近し、目標に再接近したところで外殻を四方に展開して相手の機体に張り付く。
 ユニットの外殻が展開する瞬間が、花びらの開花によく似ているのでフラワーと名付けられているが、本来はビーム兵器を内蔵して敵を撃墜する兵器だ。
 プルが「決め手として使えない」と言ったのは、ここで繰り広げられるモビルスーツ戦があくまでアトラクションであり、一定のルールに則っているからだ。
 グリフォン側の海賊モビルスーツは、相手を拿捕する際に飛び道具を使ってはならないのだ。
 ファンネル・フラワーは威嚇と誘い込み、追い込みにのみ使用が許された「小技」であり、目標の動きを止めるのはサーベルによる接近戦だけとされている。
 それでも今回試したミッションでは、プルの操作するファンネル・フラワーが相手の行く手を遮り、こちらの想定したポイントに追い込んで斬りつけるという作戦が容易にできた。かつて一年戦争時代に、たった1機のモビルアーマーによって一個艦隊が壊滅的な打撃を受けたという、サイコミュ兵器の威力は本物なのだ。
 ただし、ここで行われている戦闘はアトラクションなので、双方のパイロット同士のコンビネーションに基づく一種の「やらせ」でもある。客を興ざめせないための演出バリエーションとしてファンネルまでも投入しているだけであって、本気ではない。
 また、そうでなくては選りすぐりのZ乗りの腕前が著しく信用を損ねることにもなる。 彼らのプライドを考えれば、プルのような女の子に撃墜されるなどというのは愉快な話ではない。
 リンク・P・プルサードが「ニュータイプ能力」を引き出させられた強化人間であってもだ。 
 彼らがどのような方法で戦っているかを、少し解説しておく必要がある。
 グリフォン側のモビルスーツが使用するサーベルは、本物のビームサーベルではない。 高出力の発光素子を応用した、巨大な懐中電灯と呼んだ方が適当だ。
 言ってしまうとライトブレード。斬りつけてもまぶしいだけ。この光を端から見ていかにもビームサーベルのように見えるようにするのが、開発時の苦労だったという。
 軍用では現在も、白兵戦用のビーム兵器をサーベルと呼称しているが、グリフォンでは「突くだけでなく斬りつけるんだからサーベルじゃねえ」という船長の偏見によって、ブレードと呼んでいる。
 対するモビルダイバー側は、これも本物ではないが、通信用レーザーを発信する特殊ライフルを使用できる。ハンデというわけだ。
 特殊ライフルについては、照準ロックをパイロットが内緒で行い、客がトリガーを引いて敵を撃墜する趣向になっている。命中すればわざとらしいサインとシグナルで撃墜を知らせるのだが、客によっては「火線が見えなくてつまらない」と言うので、改善策を検討中だ。
 この戦いをくぐり抜けて大気圏に飛び込むモビルダイヴの醍醐味については、話を後に譲る。ちなみにプルはまだ、ユニコーン側のパイロット勤務を担当していない。
「それからプルさん、さっきグリフォンから入感ありました。10分後、アトラクション宙域に連邦軍の輸送船が進入してくるので、第2ヒートは開始を予定より30分遅らせるそうです」
 ヤマトが通信を傍受してプルに報告した。
「あら、どうしたのかしら。輸送船が通るエリアじゃないのに」
「すみません。詳しいことはわかりませんが、このアトラクション宙域も臨時に設定されたんでしょ? 本来のエリアに隕石の破片か何かが大量に浮遊しているとかで、これが輸送航路にも影響を出し始めているらしいんです」
「ああ、そんなことをエディが言ってたね。あと30分も待たなきゃいけないのかあ」
『30分も待たせとくほど優雅に仕事はさせちゃいないぞ。プル、浮遊している隕石とその破片が第2ヒートエリアに悪影響を出さないかどうか、様子を見てこい』
 グリフォンのブリッジから通信が入った。プルは再びヤマトを補助シートに座らせ、ゆっくりとリゲルグ・シルエットの姿勢制御を行い、スラスターに火を入れた。推進剤の噴射ではない。動力炉と連動している熱核ジェット推進への点火である。
 ずんっ、と加速Gが加わり、リゲルグ・シルエットが待機宙域を離れるのがヤマトにもわかる。
「輸送船に連絡しておかなくちゃね。所属不明機扱いされたら迎撃されかねないし」
「先方のコード、わかりますか? 僕がやりますよ」
「じゃあお願い、そっちの端末に通信回線を渡すから」
 リゲルグ・シルエットは巨大な肩のアーマーに翼端灯のようなマーカーを点灯させ、漆黒の空間を移動する。
 グリフォンとユニコーンは、地球降下ポイントとアトラクションエリアを太陽系標準平面に沿って「時計の文字盤」に見立てると、互いに12時と6時の位置に相対しており、リゲルグ・シルエットは10時方向から進入してくる輸送船の進路を逆にたどって進んでいる。
 隕石の破片群は、8時から10時方向にかけて展開しているという情報が確認されており、輸送船はこれを迂回して、ユニコーンに近い7時方向にすり抜けていく。プルの右上に開かれたサブモニターに、航行ルートが図解で投影された。
 その所要時間が、約30分。モビルダイヴの営業宙域を連邦軍から指定され、許可を受けている以上、何か事が起きた場合は軍の艦艇航行が優先されるのはやむを得ない。さらに局地的なトラブルに関しては、宇宙パトロール機構の監視も行われている。
「おかしいなあ。通信は届いていると思うんですけど、先方からの確認コールが入りません」
「送信内容をリピートモードにして発信しておいて。時間がないからこっちは予定通りに接近するわ」
 リゲルグ・シルエットは輸送船の速度を割り出し、ニアミスを避けるためにタイムラグを作って隕石群の最前部まで偵察に出向く。
 予定ポイントに到着したときには、輸送船はその場所を通り過ぎているはずだった。



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